手紙1


前略

初めまして。私は岡山の田舎に住む一人のおばさんです。
どうしても貴方にお礼が言いたくて、突然ですがお手紙を差し上げました。

私の息子は昨年の三月に貴方をお呼びしてコンサートを開くお手伝いをさせていただきました。その頃、息子は一年前に「悪性リンパ腫」という病気を診断され、二ヶ月ほど入院して、少し良くなり、時々通院治療しておりました。昨年の正月に成人式をして、二十歳の記念にと仲間で貴方をお呼びすることを企画運営をし、ポスター作りや設営など一生懸命頑張っておりました。三月、コンサートを無事に終え、どんな状況でもやれば出来る!ということを教えられました。

それから一ヶ月後に病気が再発して入院しました。そして、病気とも闘い、最後まで頑張りましたが、昨年十月五日、肺炎を起こし静かに息を引き取りました。

病院でも病室の人や看護師さんと、いつも楽しそうに話していて、私が行くと「大丈夫だよ。しんどくないよ。今のうちにいろんな勉強をしておこうと思う。」と言って、よく本を読んだりしていました。音楽は片時もきらさずに聴いており、いつも明るく元気そうで、病気であるのが信じられないぐらいでした。

ある人が「人生を生きて生きて生き抜いた人は、西の空に輝き沈む夕陽のように荘厳な死を迎える。」と言ってくれましたが、息子も、人生は短くても最後まで夢を持ち続け、病気と闘い抜きました。貴方の歌を何度も何度も聴かせていただいて、とても癒されていますが、中でも『すべての中に君を見ている』が息子のことを歌ってくれている気がして、とても嬉しく感謝しております。何かの本にも「死は新たなる生への出発である」と書いてありましたが、肉体は大地に還っても、その生命は宇宙の大きな生命体の中に抱かれて癒され、時が来たらまた新たなる命としてこの世に生を受ける。さくらも短い命ですが、ぱっと咲き、すぐに散るけど、その散りゆく姿も荘厳で、人々に感動を与えます。その花も散れば終わりではなく、時がめぐり、時期が来るとまた新たなツボミが芽吹きます。

息子も二十一年の短い一生でしたが、貴方の歌と出会わせてくれて、いつくしむという心を教えてくれました。そして、本当に生きると言うことと、死ぬと言うことの深い深い意味をあらためて考えるきっかけを作ってくれたと思います。その事をどうしてもお話したくて手紙を出しました。ありがとうございます。これからも体を大切にして、頑張ってください。ご多幸とご健勝をお祈りいたします。

                コンサートを主催された方のお母様からのお手紙